経過措置型医療法人の理事長が亡くなった場合、出資持分払戻請求の問題が発生します。
被相続人が生前に出資持分払戻請求をする意思表示をしていれば、相続人が払戻請求をすることになりますが、被相続人が生前に意思表示をしていたというケースはあまり聞きません。
社員である被相続人が、生前に意思表示をしなかった場合の相続開始後の出資持分払戻請求については、ネットや書籍、セミナーでも様々な論議がなされていますが、下記のように見解が食い違っていることも多く、判然としない論点となっています。
いずれにせよ被相続人が生前に意思表示を行うことが最善ですが、意思表示が無い場合でも、相続人間で意思疎通ができていることが好ましいです。
極論すれば、相続人間で争いが無ければ問題となる可能性は低いということですが、それでも出資持分の方向性は相続人間で話し合わねばなりません。
相続人間で争いが無い場合で、相続発生後の出資持分に関し最低限確認すべきことをまとめました。
Contents
まずは定款を確認する
医療法人の最高法規は定款です。
出資持分に関して医療法に主な規定が無いので、自社団の定款を確認する以外に対処方法がありません。
経過措置型医療法人であれば、出資持分の扱いに関し何らかの記載があるはずなので、まずは定款を確認しましょう。
厚生労働省のホームページにある旧医療法人のモデル定款は、下記のようになっています。
第7条 社員は、次に掲げる理由によりその資格を失う。
(1) 除名 (2) 死亡 (3) 退社
2 (省略)
第8条 やむを得ない理由のあるときは、社員はその旨を理事長に届け出て、その同意を得て退社することができる。
第9条 社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求することができる。
参考HP:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000135131.html
相続人が出資持分として相続する場合
相続人が出資持分として相続するケースで、通常はこのパターンが一番多いようです。
財産評価基本通達に従って、有価証券として取引相場のない株式と同様の評価を行います。
評価に際しては、医療法人の出資なので、株式会社の株式とは異なる点に注意が必要です。
医療法人内で出資者名簿の変更が必要ですが、出資金総額に変更が無いため、税務署への異動届提出は不要です。
相続人が払戻請求権として相続する場合
被相続人が生前に払戻請求の意思表示をしていた場合は、相続人が払戻請求権として相続することは可能です。
また、医療法人や相続人全員が同意している場合も、同様に払戻請求権として相続することは可能と思います。
その場合、有価証券ではなく、請求することができる権利を相続する形となるので、以下の手順を経る必要があります。
・被相続人の準確定申告で、みなし配当として申告する
・被相続人の相続税申告で、有価証券ではなく金銭債権として申告する
準確定申告は相続開始日から4ヶ月以内なので、早い段階で物事を進める必要があります。
のちの払戻請求を拒否することの可否
モデル定款第9条には、「社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求することができる。」とあります。
ゆえに大前提として、出資持分払戻請求を行うには社員である必要があり、退社届を理事長に提出することが求められます。
また、払戻請求権を行使すると明確に意思表示を行い、払戻請求書を提出しなければなりません。
具体的な払戻金額は社員総会で決まることになります。
出資持分保有者が医療法人の社員であれば、のちに払戻請求をかけることも想定されます。
その場合、医療法人が払戻請求を拒むことは難しいと考えられます。
モデル定款の第8条に「社員はその旨を理事長に届け出て、その同意を得て退社することができる。」とあり、理事長の同意無しで退社はできないのが定款上のルールですが、どこまで法的拘束力が及ぶのかは疑問です。
払戻請求により医療法人の経営が危ぶまれることが想定されるのであれば、社員を誰にしておくかは重要な問題ということになります。
払戻請求があった場合の税務上の処理
出資持分払戻請求権として準確定申告を行う場合、下記の処理が必要となります。
被相続人の準確定申告
通常、出資額に応じた払戻額を社員総会で決議することが想定されます。
当該払戻額が出資額を超える部分は、配当があったものとされ、みなし配当課税されます。
みなし配当は配当控除の適用が可能ですが、総合課税なので、所得税率が高い場合は注意が必要です。
また、徴収された源泉所得税は、申告書記載上の所得税の額から控除されます。
医療法人の処理
払戻請求を受け、払戻を行っても、その取引は資本等取引に該当するため、課税上の問題は発生しません。
出資金の額が減少し、かつ、出資金の額を超える部分は利益剰余金が取り崩されることになるため、法人税申告書上の別表5(2)の記載事項に変更が生じます。
また、出資金が減少するので税務署へ異動届の提出が必要となります。
持分なし医療法人への移行も考える
出資持分払戻請求により医療法人の負担が高額になる場合、経営に支障を来すことが想定されます。
安定した経営を続けていくために、仮に医療法人内で争いが無いのであれば、持分なし医療法人への移行を検討することが好ましいです。
認定医療法人制度を考える場合、要件が厳しくリスクも大きいため、規模の大きくない医療法人では、現状であまり勧められません。
ゆえに持分放棄による移行が選択肢として挙げられます。
移行方法は2種類あります。
・出資金を基金へ振り替え、利益剰余金部分の払戻請求権を放棄し、基金拠出型医療法人へ移行する方法
・出資持分の全てを放棄し、基金の無い持分なし医療法人へ移行する方法
自治体によって持分を全て放棄する方法しか認めないところもあるようなので、事前に自治体に確認することを勧めます。
いずれにせよ出資者が医療法人へ持分を贈与したものとみなされ、医療法人にみなし贈与課税されます。
ゆえに持分評価額を試算し、贈与税を払えるか否かを事前に判断する必要があります。
退職金支給時など持分評価額が下がる見込の時期を見計らうことが大切です。
まとめ
社員で出資持分を保有する理事長に相続が発生した場合、社員や相続人間で争いがあると、なかなか解決の糸口が見出せなくなります。
争いが起きることが想定されるのであれば、相続発生前にできるだけ当事者間で話し合いを行うなど、具体的な対策が求められます。
・相続が発生した段階で、被相続人が社員資格を喪失するため、相続人が出資持分をそのまま相続するか又は出資持分払戻請求権として相続するか選択できるという見解
・生前に被相続人の意思表示が無い以上、相続人が出資持分として相続するのが原則という見解