相続開始時の税務関連手続について

個人診療所の院長や医療法人の理事長が亡くなった場合、行うべきことは数多くあります。

大まかにまとめると下記に分類されます。

  • 死亡後手続(死亡届、世帯主変更手続、葬儀手配、火葬許可申請など)
  • 税務関係手続(相続税、所得税、住民税など)
  • 行政手続(個人診療所の廃止届、理事長変更届など)
  • 社会保険手続(健康保険や介護保険喪失届、年金事務所への死亡届など)
  • その他名義変更手続(水道光熱費、運転免許証、生命保険など数多く)

ここでは税務関係手続について述べていきますが、相続開始後にすぐに思い当たるのが、相続税申告と思います。
ただ、相続税の申告は相続開始を知った日の翌日から10か月以内と、それなりに時間に猶予があります。

相続放棄など余程のことが無い限り、相続開始後すぐに取り掛かる必要は無いと思います。

通常は四十九日法要などが終わり、比較的落ち着いてから税理士などを交えて取り掛かるケースが多いようです。


相続税申告よりも意外と盲点となりがちなのが個人の所得税や消費税などで、相続開始後は時間に追われ、やるべきことを毎日こなすだけで手一杯になりがちですが、税金関係の期日は待ってくれませんので注意が必要です。


また、ここでは取り上げませんが、健康保険や介護保険の資格喪失手続きなどは、死亡日から14日以内と期限がタイトな手続もあります。


相続開始後は精神的に厳しい面もありますので、できるだけ普段から関わりのある税理士や社会保険労務士、弁護士などと意思疎通の上、分からないことがあればすぐに連絡し、自身の負担を和らげることも重要なことです。


相続開始後、税務関係で比較的早めに取り掛かるべきことをまとめました。

役所のホームページを確認する

被相続人(故人)の住所地の管轄の役所のホームページは、まず必ず参照すべきです。


世田谷区のホームページを参考にすると、亡くなった場合にやるべき手続がPDF形式で一覧となっています。

期限のある手続も明確に区分されていて、とても分かりやすく表示されています。
世田谷区HP:https://www.city.setagaya.lg.jp/theme/009/002/d00194241.html


税金だけ見ても、国税(相続税や所得税など)は税務署、都税(固定資産税など)は都税事務所と連絡先も明示されています。
まずは役所のホームページを見て、やるべきことをまとめましょう。

所得税(予定納税)の手続

前年の予定納税基準額が15万円以上の方は、所得税の予定納税が必要となりますが、納税義務成立日が6月30日のため、亡くなった日が6月30日前後のいずれかにより、扱いが異なります。

法令解釈通達 所得税法第104条関係

(居住者でなくなった場合の予定納税の義務)
105-2 法第104条((予定納税額の納付))の規定を適用する場合には、居住者であるかどうかはその年6月30日を経過する時の現況により判定すべきものであるから、当該時の現況において居住者に該当しない次に掲げる者は、たとえ予定納税額等の通知がされている場合であっても、予定納税額を納付する義務はないことに留意する。
(1) 当該時までに死亡した者(以下、省略)

亡くなった日が6月30日までである場合、予定納税義務成立日前であるため、予定納税の納税義務はありません。

この場合、税務署へ連絡すれば、納付書発送や振替納税が取り消しとなります。
逆に亡くなった日が7月1日以降である場合は、予定納税義務が発生します。

下記の例の通り、7月以降に亡くなった場合は、2回の予定納税を行わねばなりません。

例では2回目の納期の前に、準確定申告期限が到来しますが、2回目の予定納税は通常通り行わなければならないので注意が必要です。

予定納税の義務は相続人が引き継ぐことになります。

遺産分割協議が決まるまでの間は、相続人の連帯債務となりますが、それまでは相続人代表が一旦納付するのが一般的です。

例:亡くなった日が7月4日の場合

・第一期(7月末)と第二期(11月末)の予定納税が必要
・亡くなった日から4か月以内(11月4日)までに準確定申告が必要
・振替納税を行っている場合、相続開始により口座が凍結されていることがあるため、税務署へ連絡し、納付書を送ってもらうなど早めの手続が必要

住民税の手続

住民税は、その年の1月1日に現在の住まいに住所登録されている場合に課税される税金です。

1月1日時点での判定となるため、1月2日以降に死亡した場合に、前年の所得に応じてその年に課税されることとなります。

住民税は、徴収の形態が普通徴収と特別徴収に分類されます。

普通徴収の場合(個人診療所の院長など)

6月位に自治体から送られてくる納付書にて納付します。

送られてくる前に亡くなっている場合でも、その年の1月2日以降の死亡であれば、納税義務は免除されず、相続人が納税義務を引き継ぐ形となるので、相続人が納付しなければなりません。

この納付も、まず相続人代表が納付するのが一般的です。

その年の被相続人の住民税を、相続開始後に相続人が納付した場合は、相続税の債務控除の対象となる(延滞金や加算税を除く)ので、領収書は保管しておく必要があります。

特別徴収の場合(医療法人の理事長など)

医療法人の理事長は、特別徴収で給与から住民税が徴収されていることが多いと思います。

この場合、管轄の役所に「特別徴収に係る給与所得者異動届出書」を提出します。

従業員の退職の際に使用する届出のため、税理士や経理の方であれば見慣れている形式ですが、相続の際は下記の点に留意して記載します。

この届出書を提出すると、後日相続人の住所宛に納付書が送られてくるので、納期限までに納付する必要があります。

その場合でも、普通徴収の場合と同様、相続税の債務控除の対象となる(延滞金や加算税を除く)ので、領収書は保管しておく必要があります。

固定資産税・都市計画税の手続

東京都の場合、23区は都税事務所、市は市役所が管轄となります。

世田谷区の場合、管轄は世田谷都税事務所となりますが、相続開始後3カ月以内に不動産登記簿の名義変更ができない場合は、現所有者申告書の提出が必要となります。

現所有者とは、遺言や遺産分割等により不動産を所有することとなる方ですが、遺産分割が終わらない場合は、法定相続人全員が現所有者となります。

相続開始後3か月以内の不動産の名義変更は、日程的に厳しい場合が多いので、通常は現所有者申告書を提出するケースが多いと思います。

被相続人や現所有者を記載(役所によっては相続人代表も記載)して、添付書類と合わせて提出する必要があります。

添付書類も申告者全員の住民票や戸籍謄本など、揃えるのにそれなりの手間もかかりますので、早めに準備するようにしましょう。

不動産登記簿の名義変更が完了するまでは、現所有者の方宛に固定資産税・都市計画税の納税通知書が届きます。

役員報酬(医療法人の場合)

使用人への給与は労務に対する対価であるため、日割計算可能となりますが、役員への報酬は職務執行に対する対価であるため、日割の概念がありません。

ゆえに月の途中で亡くなった場合でも、不相当に高額な場合を除き、役員報酬を満額支給することは可能です。

医療法人の理事長

死亡日:7月4日

支給予定日(支給期):7月25日

上記の例では、理事長は7月4日に亡くなっているため、7月の役員報酬は支給可能となり、支給する場合、不相当に高額でなければ法人の損金に算入できます。この場合の支給は、通常遺族へ行われます。

源泉徴収を行うか否かは、支給期が到来しているか否かで判断します。

通常は、支給期が到来する前に死亡した場合は相続財産となり、支給期到来後に死亡した場合は所得税の課税対象となります。

上記の例では、死亡した者への報酬で死亡後に支給期が到来しているため、相続税法上、未収報酬として財産計上する必要があります。

相続税の課税対象となるため、源泉徴収は不要となり、源泉徴収票にその分を記載する必要もありません。

所得税法基本通達9-17

(相続財産とされる死亡者の給与等、公的年金等及び退職手当等)

死亡した者に係る給与等、公的年金等及び退職手当等(省略)で、その死亡後に支給期の到来するもののうち相続税法の規定により相続税の課税価格計算の基礎に算入されるものについては、課税しないものとする。

また、理事長の年齢によっては、社会保険に加入していて、報酬から徴収されているケースもあります。

上記の例では7月4日に死亡しているため、資格喪失日は翌日の7月5日となります。

7月の途中での死亡のため、社会保険料については6月分までを納付しなければなりません。

翌月徴収か当月徴収などによって、報酬からの徴収方法が異なるので、支給の際には留意が必要です。

まとめ

相続開始後の税務手続について、主なものをまとめました。

顧問税理士も、相続開始後の主だった業務は準確定申告と相続税申告であるため、どうしてもそこだけに目が行きがちになります。

ただ、相続開始後の手続については税務関係だけでも上記のように数多くありますので、少しでも不明な点があれば、逐一顧問税理士に尋ねることをお勧めします。

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