医療法第54条で、医療法人による剰余金の配当は禁止と定められています。
ただ実際に現金を分配する配当だけでなく、事実上利益の配当とみなされるような同様の行為も、いわゆる配当類似行為として禁止されています。
この場合の配当による利益の分配を受ける者は、社員(株式会社における株主に相当)だけでなく、理事や特定の従業員を含みます。
配当類似行為は株式会社と医療法人との間で決定的に異なる事項であり、「税務上は適法だが、医療法上は問題がある」行為の典型例でもあるので、日々の経営をしていく上で、注視することが求められます。
税理士が医療機関を顧問に持つのであれば、この配当類似行為には細心の注意を払う必要があります。
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配当類似行為に関する主な通知等
厚生労働省の「医療法人の剰余金の使途の明確化について」の通知の中では、配当類似行為について下記のように記載されています。
配当ではないが、事実上利益の分配とみなされる行為として、次のような事例については、配当類似行為として禁止。
・近隣の土地建物の賃借料と比較して、著しく高額な賃借料の設定
・病院等の収入等に応じた定率賃借料の設定
・病院等の本来業務や附帯業務以外の不動産賃貸業
・役員等への不当な利益の供与 等
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/igyou/igyoukeiei/kentoukai/6kai/08.pdf
より抜粋
厚生労働省の通知の具体例では、不動産関係を重視したものとなっています。
「役員等への不当な利益の供与」の「役員等」には、社員や特定の従業員も含まれます。
東京都の「医療法人運営の手引」では、下記のように記載があり、役員等への不当な利益の供与に関して、より具体的に明示する形となっています。
医療法人は、利益の配当を行うことができません。事実上、配当と見なされるような行為も厳に慎むべきです。決算後生ずる利益剰余金は、積立金とし、施設改善、従業員の待遇改善等に充てるのが適当です。剰余金があるからといって、役員等に対して金銭の貸付等を行うことはできません。 ・・・・・・ 法第54条
<剰余金配当とみなされる例>
・役職員及び利害関係者等に対する貸付(全役職員を対象とした福利厚生規程を設けた場合を除く。)
・役員等特定の人のみが居住する社宅の所有又は賃借
・役員等特定の人のみが使用する保養施設の所有 等
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/hojin/uneitebiki.files/6dai-san-syou.pdf
より抜粋
「配当と見なされるような行為も厳に慎むべきです。」とあり、「行為を行ってはならない」とは記載されていませんが、配当類似行為が確認された場合、基本的に許認可は下りないと考えるべきで、実質的には「禁止」と捉えて良いと思います。
配当類似行為として扱われる行為の具体例
配当類似行為は、医療法人と株式会社の大きな相違の一つです。
株式会社と同じような処理をすると、医療法に抵触する事項は多々ありますが、具体例を挙げると下記となります。
高額な賃借料の設定
理事長個人やその親族、MS法人等から不動産を賃借する場合、不当に高額な賃料設定を行うことは禁止となります。
具体的には、診療所所在地近隣の物件を3件、参考物件としてピックアップして、その月額賃料を延床面積で除して求めた1㎡当たりの単価を算定し、その平均数値以下に設定しなければなりません。
すなわち、診療所周辺相場を逸脱しない範囲での賃借料設定が求められる形となっており、その数値を近傍類似値といいます。
東京都では、医療法人設立認可申請や定款変更の際に、診療所に係る不動産を理事長個人やその親族、MS法人等から賃借する場合は、下記書類を提出する必要があります。
・近傍類似値に関する表(「近傍類似値について」)
・診療所物件と参考物件の位置関係が分かる地図等
・参考物件の根拠資料(住宅情報誌の写し等)
参考物件については、診療所物件からの距離は特に明示されていません。
また根拠資料は、不動産賃貸を行っている業者のホームページ写しでも問題ないこととなっています。
役員等への金銭等貸付
医療法人から理事や社員など特定の者に、金銭等の貸付を行うことは原則禁止されています。
「全役職員を対象とした福利厚生規程を設けた場合を除く。」と付記されていますが、一人医師医療法人の規模で全役職員対象の貸付を行うこと自体、ケースとして少ないと思いますので、通常に考えれば医療法人からの貸付は行わない方が好ましいです。
医療法人設立時の出資金や基金の額の設定の影響で、医療法人化後に役員貸付金が生じてしまうケースもありますが、そもそも役員貸付金は税務上も毎期利息を計上する必要があるので、仮に残がある場合は、早めに解消すべきでしょう。
役員個人が返済すべき借入金を、医療法人が負担するような行為も、上記同様となります。
役員等社宅
役員等の特定の者のみが使用する社宅に関しては、東京都の「医療法人運営の手引」で、「役員等特定の人のみが居住する社宅の所有又は賃借」と、配当類似行為の例として明確に明示されました。
この場合の社宅は所有、賃借を問いません。
役員等社宅も、全役職員を対象とした福利厚生規程を設けた場合は問題ありませんが、一人医師医療法人の規模で従業員の為に社宅を用意することは稀と思います。
認可申請時等に役員社宅がある場合、過去に特定役員等以外の従業員が使用した履歴等の提出を求められる可能性があります。
ちなみに、福利厚生規程を設けて社宅収入を計上する行為は、医療法第42条に規定する附帯業務でなく、附随業務に該当します。
役員専用の車両等
配当類似行為の例として特に挙げられていませんが、役員専用の車両も所有又はリースを問わず、医療法に抵触するおそれがあります。
車両として認められるのは、あくまで業務上必要な場合に限られます。
例えば訪問診療を主に行う診療所であれば、訪問診療や往診の際に必要となるので認められますが、単に役員の通勤用のみに使用している場合等は医療法抵触のおそれがあります。
また高級外車など、通常業務に使用するものとしては明らかに不相当な車両も、医療法人では基本的に認められないと考えるべきです。
一般的に高級外車で訪問診療や往診を行うことは考えられません。
配当類似行為に抵触する車両については、同様にその車両に係る駐車場の賃借も認められません。
その他車両だけでなく、役員専用のゴルフ会員権や別荘なども、資産の私的流用とされるため、注意すべきでしょう。
医療法人による連帯保証
医療法人は基本的に、役員が負担すべき債務の連帯保証を引き受けることはできません。
役員等への不当な利益の供与に該当するとされています。
MS法人など第三者が負担すべき債務の連帯保証については、特にはっきりしたことは明示されていませんが、将来的にスムーズな許認可を見据えるならば、避けるべきでしょう。
ちなみに医療法人の債務につき、役員個人が連帯保証人となることは、法人の利益を害する行為ではないので特に問題ありません。
MS法人に対する資金供与
例えば、医療法人の役員の親族が代表を務めるような営利法人(いわゆるMS法人)と取引を行う場合に、通常の取引価格と比較して高額な対価を支払う行為や、借入をして利息を支払うようなケースも、役員等への不当な利益の供与とされ、医療法抵触の可能性があります。
MS法人との取引関係は、許認可の際は、厳しくチェックされるので、特に注意が必要となります。
まとめ
毎期決算が終わると、都道府県に事業報告書を提出しなければなりません。
ただ現状では、添付する財産目録や貸借対照表、損益計算書は簡易的な形式であるため、それを見ただけで配当類似行為を行っているか把握するには限界があり、現状で実質的に詳細な監視はされていないのが実態です。
それでも、例えば定款変更認可申請の際は、直近の試算表や勘定科目内訳書を提出しなければならず、医療法に抵触する行為を行っているか否かは、それらの資料から把握されます。
将来的な許認可申請を見据える場合は、税務及び医療法双方に関わる配当類似行為には、注意をする必要があります。
※追記
上記の事柄は、医療法に抵触する行為というよりは、定款変更の際に医療法抵触を指摘される可能性のある行為と述べる方が正しいかもしれません。
例えば役員専用車両についても、都道府県の担当者は配当類似行為と扱うかもしれませんが、車両に関して医療法や通知等に特に記載があるわけではありません。
ただ、定款変更の審査が厳しいことは間違いないので、やはり配当類似行為として扱われる行為には注意していく必要があります。
医療法人は、剰余金の配当をしてはならない。